あよお
道すがら
立ち寄った風呂屋の番台が
かなりの大声で 常連客と話している
「あよー 〇※△□…」
響き渡った冒頭の感嘆詞に対する
あまりの懐かしさと声のボリュウムに
続く会話が思い出せない
本当に久しぶりに聞いた
あよー
この一語のあまりの異和感と存在感に慄いた
突如 水の中に投げられた石のように
言葉を中心に 幾重にも波紋が広がっていく
私にとっては 妙に懐かしい言葉だった
母方の祖母がよく口にしていたから
母方のルーツは天草の南 大江という村にある
隠れキリシタンの里でもあるこの地には
小高い丘の上に
まあるい物腰の白亜の教会があり
教会へとつづく
長く苔むした石畳の階段を上るたび
どこか 別の国へ来たような空気を
幼い私は感じたものだった
この「あよー」は 祖母の会話の中で
事あるごとに登場する
実に便利な言葉であった
「あよー よー来たねえ」
「あよー どがんしようか・・・」
「あよー もう行くとね」
天草は 下島のなかでも
主に南の地方でつかわれる方言で
知人に聞けば 最近はLINEで
「あよあよ」と
返事につかったりもするらしい
意味があるようで無いような
不思議な言葉
夫で 陶芸家の尚宜さんと
屋号の名前は
ひらがなで
やわらかな響きの
あまり意味をもたない
言葉を探していたから
ふたりして これはいいかもということになった
それで
音 を大事にして
あたらしい
やまとことばのイメージで
ひらがな三文字
あよお
ちなみに
インドネシア語で
「 ayo ~しましょう」という
言葉があるのも興味深い
同じアジアの島どうし
何か繋がりでもあるのかなと
妄想したりして
俄然 エキゾチックなイメージが沸きあがる
どこの国のものともわからない
できるだけ何も持たない
手ぶらみたいな
懐かしくて あたらしい
あよお
文・あよお さち